m-log
パズルゲーム感想アーカイブ

マヌケはマヌケ “Baba Is You”

世界は自由。自由は不自由。不自由は地獄。

パズルのルールそのものが単語ごとに小分けされた押せるブロックとなっている倉庫番ライクなパズル。
既に見聞きしていた評判の高さもさることながら、一目見ただけでわかる愉快なコンセプトに惹かれてからというものずっとやりたいと思っていた作品でもある。

ルールは縦または横の一続きの構文 “(A) Is (B)” で定められていて、さらにそれぞれの単語はブロックとなっていて1マス後ろから押すことができる。“You” で定義された操作キャラクターが “Win” で定義されたゴールのキャラクターに重なることでクリアとなる。ルールを決めるのはキャラクターではなく構文なので、Babaに限らず岩でも壁でもIs Youで定義されればそれが操作キャラクターになる。
Bにのみ設置可能な形容詞は背景色付き、A・Bの双方に設置可能な名詞は一部を除き色とキャラクターがリンクしていて、英語というローカルなモチーフを使っていながら英語音痴でもわかりやすい。
この不思議なユニバーサルデザインの下、ルールという普段振り回されるものを自分の思いのままに書き換えられる面白さと、ルール通りの挙動なのに常識から外れた愉快な見た目の面白さによって、問題を解かずともただあれこれ弄るだけでも楽しいパズルとなっている。

しかしながら、自由は不自由の中で存在を許されるように、このパズルにおけるルールの書き換えの自由もまた不自由と隣り合わせである。
一見すると単語の数だけ選択肢があるように見えるだろうが、パズルの問題として成立させるため、プレイヤーに与えられる自由は少ない。別のルールを作るためにはあるルールを外さなくてはならないとか、ある場所を通るとルールが崩れてしまうとか、自由は次第に選択へと置き換わっていくようになる。
見た目の面白さに釣られて、そこが自由のない地獄であることに気づくのにそう時間はかからないだろう。

そしてこのパズルの最も恐ろしいことは、ルールが明瞭なようでいて実は不明瞭で、正しいルールの理解からパズルが始まっていることである。
例えば “Stop” は定義したキャラクターを障害物とする形容詞だが、正確にはキャラクターのいるマスへの進入を不可にするというものであり、重なりを認めないのではない。
また “Push” は定義したキャラクターを押せるようになる形容詞だが、押すことが優先されるようになる結果、そのキャラクターに向かって重なりにいくことができなくなる。つまりPushは暗黙のうちにStopの性質も含んでいる。そしてこのPushのルールは単語ブロックにも暗黙のうちに適用されている。
このパズルの正しいルールを示すマニュアルの類はないので、問題をチュートリアルとして理解していくしかないが、中には悪用とでも言うべき仕様の穴を突く使い方すらも模範解答として組み込まれていることもある。これとこれを組み合わせたらどうなるのだろう?というふとした疑問から始まる例外を探す遊びが時に未来の問題で正解に至るきっかけになったりする。

このように、詳らかでないルールの正しい内容を探らせるという半ば謎解きゲームのようなパズルではあるのだが、そうであるにもかかわらず、このゲームは正しくパズルゲームとして非常に面白い作品だった。それはひとえにこのパズルのレベルデザインが倉庫番の基本に忠実に作られているからだろう。
問題のあちこちに1マス足りないもどかしさをもたらす落とし穴が仕掛けられていて、その1マスを超えるための解法の一つ一つは凝り固まった固定概念を覆す構造を持っていて、そのことに都度驚かされるというだけでも凄いのだが、解き明かしたそれらの事実はこの先自分が行使できるようになる仕様として新たなパズルのピースとなっていく。
あちこちに埋め込まれたレガシーなもどかしさとそれを突破するための斬新かつクレバーな発想の転換、このパズルはその繰り返しである。解き明かせどもその先もなお新しい驚きに満ち溢れているのだ。

その面白さたるや、マヌケは何度心の中でやられたと叫んだかわからないが、その底の知れなさは同時に難点とも言いたくなるほどに深い。あまりの難しさに何度心折れそうになったことか……最後の方はパズルの奴隷といえども許しを乞いたくなったほどだ。
マヌケは最後までノーヒントを貫いていたものの、実質ラストの問題で長期間悩まされていたことと、その問題のクリアによって得た圧倒的な達成感によってすっかり考える気力をなくしてしまって、おまけの問題で唯一外部ヒントに頼ってしまった。
外部ヒントを見た時は、一応クリアまで到達したはずなのにそれでも処理に関する理解がかなり浅かったことを知ってそれでまた愕然としたものだけど、まだまだ可能性を隠し持っているのだと考えると末恐ろしいパズルである。

何度辛い思いをしたかわからないが、それ以上に感じた驚きと達成感による満足感は確かなものだ。
クレジットに並ぶ錚々たるレベルデザイナーの面々を見ればこの出来にも納得である。
倉庫番ライクの枠に留まらず、パズルゲームの叡智を集めた一作として、文句なしの不朽の名作と言えるだろう。

追記

2021年6月23日、Baba Is Youのスマートデバイス向け移植版が発売された。
マヌケはSwitchでクリア済みではあったが、この名作をiOSのパズルライブラリにも収めるべく購入し、クリアしたので、そのことに関する追記。

盤面の最大サイズが小さくなったためか、節々にスペース確保のための苦労が窺えた。最初の問題からして縦も横もサイズが違うのだから、ほぼ全ての問題がオリジナルから手が加えられているのは間違いないだろう。
倉庫番ゆえに、ものによっては配置が1マス違うだけで問われる内容が様変わりする問題もあるもので、やはり難易度が変わった問題や、中には解けなくなってしまったものもあった。初見プレイだったらたまったものではなかっただろうが、マヌケとしては解けるかどうかを見定めることも大事な能力だと思っているので、解けないという判断が間違いではなかったとわかっただけ大きな収穫である。
難易度が変わった問題のほとんどは早々に修正されたが、裏を返せば修正されなかったものは意図して変えたということでもある。

UIは洗練されていない印象を受ける。間違えてRestartを押してしまったり、PauseメニューにRules欄が載っていなかったり、ホームバーが問題に干渉してしまっていたりなど、今までにはなかった不満ばかりである。特にRestartを押し間違えることは本当に高い頻度で起こって、初めてPromptオプションのありがたみを理解した。
制約の多い中苦心していることが窺えるが、メインのプラットフォームとして慣れている身からするとただ荒削りなだけにしか見えない。素晴らしい名作が下らない理由で評価を落としてしまうのは本意ではないので改善されてほしいがはたして。

ところで、HoldがSelectを兼ねてるってのはよくよく考えてみれば自明のことだったけど、そういえばボタン操作じゃ全く意識していなかった。
本当にこのパズルゲームは新しい気づきに事欠かないな。

追記

2021年11月17日、公式レベルエディターの実装と、既存の問題のプロトタイプを集めた “Museum” および本編では未使用の没単語を使用した “New Adventures” の二大問題集の追加という大型アップデートが行われた。全問クリアまで紆余曲折あったので、そのことも併せた追記。

モバイル版で一度クリア不可能な問題に遭っていたので覚悟していたら、やはり今回も解けない問題があったようだ。ただ今回は情報の方が先に来たので、それ以外を避けて解くという形になった。

完全新規ではなく没ネタの再利用とはいえ、Museumは約80、New Adventuresは約150と二つ合わせれば本編以上となる大ボリュームである。
しかしながら、総じて量が先行して質が伴っていなかった。まるで磨かれないままの原石そのままである。
良問や難問もあったが、余る単語が多かったり、単語ごとのチュートリアルが足りず正確な仕様がわからないままだったりと、全体的にブラッシュアップが足りていないように感じた。本編がいかに洗練されていたかがよくわかる。
新しいルールに対しても驚きよりも不明瞭さに納得のいかない思いをすることのほうが多かった。

その後、クリア不可能な問題を修正するアップデートが入ったが、このアップデートで同時に問題の改定とさらなる問題の追加が行われたとのことで、もう一度全ての問題を解き直すこととした。
それによって見えてきたのが、原石といえどやはり磨けば光る宝石であることは間違いなかったということで、腑抜けた解法が潰されてようやく然るべき良問へと昇華されていたように思う。
ただ、同時に設計思想の傾向も見えてきて、ルールの正しい仕様やルール間の相互作用といったシステムへの理解を要求する問題が目立つようになったと感じられた。ダミーの単語が散らかった状態で残ったりなど、レガシーな倉庫番のねじれが弱まっている痕跡が色々と見受けられ、本編とのレベルデザインの明確な差となって表れている。
基本が倉庫番である以上、パズルを離れて謎解きに傾倒することは個人的には好ましくないのだが、単語の種類が増えればこうなることは避けられないのだろうか。

ちなみに、新単語で面白かったのは “Still” と “Broken” だろうか。“Mimic” や “Revert” も面白かったけど、ルールの理解をこれ以上求められると面倒になりそうなのであれ以上に難しい問題はできればやりたくないというのが本音である。
逆に面白くなかった単語は “Follow” と “Phantom” で、Followは対応エリアが、Phantomは何ができる・できないが直感的にわかりにくくてつまらなかった。

追記

今までありそうでなかった問題がとうとう追加されたとのことで、そのことに関する追記。

ネタバレ項目: ???

アップデートで???のDustにLevelが付属するようになった。初出は2021年12月のPC版のアップデートだったが、Switch版もようやくこの仕様に追いついた。
“Ultimate Maze” でLevel変化ができることをDust Is Level実装前から知っていたので遂に実行に移すこととなったが、実はDust Is Levelを作るだけならLevel変化は不要である。しかしながら、その事実に気づいたのはLevelがTextに変わってしまった後だった。

Ultimate MazeのLevel変化は久々に頭を悩まされることとなったが、面倒ではあるものの仕様の裏をかくようなやり方を求められるわけでもなく、アプローチ自体は素直なように感じた。クリアに至るまでに必要な気づきが色々とあるので、高難度の問題として独立させてもいいだけの質があるように思う。
ちなみにSwitch版とモバイル版の両方でLevel変化ができることを確認したが、レイアウトの関係でモバイル版はだいぶ簡単になっている。ただし、モバイル版はDust Is Levelを作るならば他プラットフォームと違いLevel変化が必須になると思われるので、このぐらいでちょうどいいのかもしれない。

追加された問題は新しい動詞 “Write” に関するものばかりだが、よくよく考えれば簡単な問題なのにその割に長く悩んでしまったあたり、マヌケの頭はやはり新しい環境に思考を適応させる能力が著しく低いらしい。

そんなわかりきったことよりも気になるのが終わり方である。美しいが中途半端で、続きがあることを予感させてやまない。
だが没ネタの放出もやってしまってパズルもルールも煮詰まって、まだやれることなんてあるのだろうか?マヌケの頭で考えられる可能性となればルールの処理順を考える問題しかないが……。私は倉庫番ライク特有の1マス足りないもどかしさと戦う古き良き問題のほうが好きなので、そのような段階にまで来てほしくはないのだが、はたしてどこへ向かうのだろうか?
常に新しい驚きを提供し続けてくれるこの名作の次なる一手を期待するばかりである。