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パズルゲーム感想アーカイブ

私は穏やかな夜へと身を投げた “Filament”

別に誰も気にしない。触れたとて災いが降りかかるわけでもない。重大な陰謀が眠っているわけでもない。
なら一体どうして私は戦慄しているのだろう?

The truth is out there. Somewhere.

遺棄された宇宙船・Alabaster号を舞台に繰り広げられるパズル。
Anchorsなる謎の装置が張り巡らされ、クルー達のものと思しき遺留品が散乱している無人の船内。だがそこには救助を求める声が存在した。声の主、Alabaster号パイロット・Juniperはどうやらコックピットに閉じ込められてしまっているらしい。一体Alabaster号に何が起こったのだろうか?
プレイヤーは船内を自由に探索でき、好きなように解き進められるようになっている。

Anchorsは装置の起動を名目としたパズルの問題集となっている。それぞれの問題は紐を引っ掛けると光る柱が散在していて、盤面上に存在する全ての柱を点灯させた状態で出口に辿り着ければクリアとなる。
ただし、プレイヤーは一度通した紐をまたいだりすることはできず、また紐は緩みなく真っ直ぐ掛かるため一度掛けた紐の内側を通ったりすることはできない。つまり2Dフリーな一筆書きパズルである。
Anchorsを起動すると、Juniperはその身に起こったことの顛末を一つ一つ語ってくれる。さらに一定区画内のAnchorsを全て起動すれば、彼女はその場所にまつわるエピソードを語ってくれる。
だが、Alabaster号を語るのは何もJuniperの肉声だけではない。船内に残された端末にはかつてそこにいたであろうクルー達のやりとりやメモ等の記録が多数残されていて、それらはコンソールから正しくアクセスすることで閲覧が可能となる。アーカイブはクルーと日時別に分ける形でアクセス方法と共にわかりやすく記載されているが、中にはアクセス方法が不明な破損したデータも存在している。
これらの情報を精査し、Alabaster号の顛末を解明する謎解きもまたこのパズルの特徴である。

高難易度パズルとの評判をあらかじめ見聞きしていたためある程度覚悟してはいたものの、しかしながらマヌケはプレイし始めて早々に尻込みしてしまい、その後かなり長い間プレイすることなく積んでしまっていた。その期間は3年以上にも及ぶ。
原因は粗末な日本語訳による。機械翻訳より酷いという有様で、呆れるようなその質の低さに反してこのゲームは文章の量が多い。思考の苦痛に至るまでに読解の苦痛を挟めるほど我慢強くないマヌケ、英語音痴が大量の文章を捌けるはずもなく、そのくせ真に楽しむことができないのを嫌がって、考えるよりも先にAlabaster号から逃げてしまったのだ。
今回意を決して再度乗り込んだ際は、とりあえず文章を全て無視して船内探索とパズルにだけ集中することでモチベーションを維持した。それでもなだれ込む情報量の多さに幾度となく逃げ出したくなったが、ストーリーの振り返り機能や収集物等の取り逃がしを指し示すヒントとなるマップが用意されていたりなど、やみくもに船内を見て回る必要がないとわかったので、最後まで自分のペースで続けることができた。
常に身構える必要がないというのはそれだけで大きな長所である。原文の読解が終わる頃には逃げたい気持ちはとうに消え失せていた。

このゲームは見た目も中身も間違いなくパズルだが、主題は謎解きである。全てのパズルにおいて、ルールを説明されることは一切ない。
だが、主題に反してルールの推測そのものには大して重点が置かれていないように見える。共通する法則は早々に察せられるほど明瞭で、雑な理解ですらもうっかり解き進められるほどには平易だ。
では何に重点を置いたかというと、Anchorsのパズルではルールの理解を前提としたレベルデザインの洗練であり、破損データ、Corrupted Logのアクセス方法を知る謎解きではヒントをどう落とし込むかというなぞなぞ、“riddle” だろう。

Anchorsのルールの推測が簡単だったのは順不同で解けるようにした結果か、あるいは結果的にそうなっただけなのか。Anchorsの全てのルールが簡単に推測できたわけでもなく、把握するのに時間がかかったルールはいくつか存在しているし、またブリッジのAnchorsを見るに、その点で迷わせる気がなかったわけでもないように見える。
だがもしそれがパズルとしての狙いだとするならば、あまりうまくいっているようには見えなかった。ルールの推測におけるパズルのピースは一連の問題が解けるか解けないかのたった一つだけであり、ルール同士の干渉による照合のアプローチが必要となることがなかったからだ。理解の甘さを認識させ改めて正しい理解を求める構造を持ついくつかのパズルには驚かされたものの、冷静に振り返ってみればどれも結局は説明しそびれたルールの後出しであり、過去の推測を棄却し再回答を求めるだけに過ぎなかった。
とはいえ、Anchorsのレベルデザインは一部始終洗練されていた。ルールが詳らかであろうとなかろうと関係なく、Anchorsにおいてはその事実こそが揺らぎなきものだった。

普通の一筆書きパズルとは違い、このパズル2Dフリーであるがゆえに逆算が通らない。さらに紐の横断禁止ルールがあるので、紐には表裏、柱には方向、つまりどこからどう柱を回り込むかが制限される。つまるところパラメータが合うルートしか選べないのだが、見かけ上の選択肢の広さが絞り込みを難しくさせている。なんとなく掛かりそうな柱の間の紐のイメージは柱の数だけ無数に存在するが、最後まで通せるパターンは驚くほど少ない。
紐を伸ばす前はとても広く見える空間も、一度伸ばせば途端に狭くなっていく。一筆書きパズルならば当たり前の感覚だが、回り込む方法を一つ変えるにも大きく巻き戻らなければならなかったり、巻き戻った結果使える残りの空間が様変わりしてしまうのが2Dフリーゆえに感じる多大なもどかしさである。
筋道をより狭めるのが紐の動力を切ってしまう柱や接触を制限する突起であり、これらが通したい場所の邪魔になったり、あるいは最初から選択肢を狭められたかのように錯覚させたりなど、障害物のクリティカルな配置が随所に光っていて、どの問題も非常にねじれた歯応えのあるパズルになっている。
その歯応えたるや、2Dパズルであるにもかかわらず3D酔いに似た気持ち悪さを覚えたほどだ。これは盤面の広さに反して基本的にカメラが近いこと、さらに紐を高速で巻き戻す機能が強く影響したせいだと思われ、本来ならば欠点として挙げるべきことなのだろうが、環境よりも解けない苦しみに強く酔っているかのような感覚は初めてで、印象的な体験として強く残った。今まで3D酔いは時間と共に気にならなくなっていったものだが、今回は時間をかけてもそれがなかったというのが拍車をかけている。

洗練された強いねじれには感服するものの、しかしながらこのパズルは曖昧さと常に隣り合わせという逃れようのない構造的な欠点を抱えている。ねじればねじるほど解答がエレガントになるわけではない。
2Dフリーな配置であるがゆえに、空いた隙間が通れるかはいつでも曖昧である。似たような柱の位置関係でも、隙間の幅は突起や壁の存在一つで簡単に上下する。紐の接触判定もまた同様で、厳密には平行でなくともほぼ平行な鋭角で近接すれば接触判定が出たり、平行に見える2柱間でもわずかな凹凸の存在によって接触判定が出なかったりなど、このわずかな違いが解答に関わることもある。
苦悩の果てに辿り着いた答えが曖昧さに挑戦するしかなかった時は、達成感などなくただ茫然とした気持ちになるばかりであり、時には煙に巻かれたことへの苛立ちを覚えすらした。

一方もう一つのパズル、Corrupted Logのアクセス方法の謎解きはこれこそルールの推測そのものであるように見えるがそうではなく、ここで推測しているのは使い捨ての対応関係に過ぎない。
ルールとは普遍的な規則であり、Corrupted Logの謎解きにおけるそれを抽出するならば、アーカイブのアクセス方法と手がかりの一致に至ることであり、さらには何を手がかりとすべきかの判断である。
こうして振り返ると、船内の至る所にそれらが存在しているという事実はどこから探索し始めても早々に察することができるほどに明瞭だったし、コンソールのマップ機能とわかりやすい印のおかげで何を手がかりとすべきかもまた明瞭だった。
だからこそ、この謎解きの重点はルールが判明して以降の、情報をどう照らし合わせるかというなぞなぞのほうである。探すのはルールそのものではなく、詰まることなく繋げられる線の理屈を後付けすること、手がかりの使い方を当てることだ。

しかしながら、Anchorsとは違ってこちらはパズルとして中途半端だった。それはCorrupted Logの謎解きが文字通り中途半端にルール推測の枠組を取り入れてしまったことで軸がぶれていたからだろう。
この謎解きは結果的になぞなぞが重点になっているだけにすぎない。手がかりが一問一答の完全な使い捨てになるわけでもなく、かといってルール推測パズルとして積み立てられていく暗黙の共通項があるわけでもない。
ルールの推測という名目に甘えた分だけ手がかりの形は曖昧で、またルールの推測という枠組を借りた分だけ対応関係の暗示は曖昧で、それらの曖昧さを総当たりで補完しなければならないという泥臭い内容となってしまっていた。
総じてつまらなかったわけではなく、中には対応が恐ろしいほど綺麗に嵌りマヌケの度肝を抜いた謎もあったが、いい加減な理屈で雑に嵌って解けてしまった謎もまた存在していて、大半は達成感よりも総当たりの虚しさが上回った。自分で試しておきながらこれが正解なのかと呆れてしまうというのもおかしな話である。
もしルール推測パズルであることに重点が置かれていたならば、それぞれの点に対応する値は手がかりごとにバラバラになることはなかっただろうし、与えられた手がかりの何を基点とすべきかで悩むこともなかっただろう。
ちなみに、関連性の一切ない一問一答のなぞなぞとして徹底していた場合に謎解きとして面白くなったかどうかは疑問が残る。歪んだ絵や解像度によっては見づらいヒントなど、ルールの推測に関係なく振りかざされる曖昧さも存在しているし、それぞれの謎解きは難易度の落差が激しく必要な解読の程度を読みにくくさせている。さらにはマップ上の記載漏れ (Airlock) および印の誤表記 (基板の裏) を放置していたりなど、節々にちらつく邪悪さはとても対等な謎解きをさせてくれるようには見えない。

ネタバレ項目: マヌケが唯一外部ヒントに頼った謎解きについての負け惜しみ

言うまでもなくCryosleep Roomの謎解きのことである。
あのメモの酷い点は、上下のキーワードが体裁も規則も存在感も何もかもが不揃いであること、上のキーワードは記号ごとに個別に変換する必要があるくせ変換後の値はまとめて読む必要があること、10進数の値をそのまま16進数に読み替える必要があること、いかにもな下のキーワードは変換前の答えではなく過程に必要なだけのただのピースでしかなかったこと、文字のヒントに反して数字はせいぜいアタリをつけられるだけで確定まで至らせるヒントは何もないことなど多々あるが、つまりは正しい解読の道を辿っているという自信を持てない覚束なさの中で、段階を踏んだ確実な、しかもひねくれた手法の手続きを要求してくるのだから極めて邪悪だというわけだ。あの謎解きだけ踏まされる過程がやたらと多いというのもなおタチが悪い。
頻度分析が適用できたことから記号を含めた上半分の全文解読はすんなりできたのだが確信をもって確定できたのはそこまでだった。曖昧さを詰め込んだような謎解きで暗中の手探りに耐えられるほどマヌケは辛抱強くない。

このように、全体として曖昧さという欠点が共通しているため、このパズルは難易度の高さに反して大して達成感を得られないという歯痒いものだった。
難易度の高さを泥臭さで覆せるという見方をすれば魅力として映るかもしれないが、マヌケとしてはそういったものは好きではない。なまじAnchorsのパズルのレベルデザインの完成度が曖昧さを差し引いてもなお高いのだからなおさらだ。
しかしながら、この曖昧さはある点でゲーム体験において無類の強さを発揮していて、そこで呼び起こされた感情の数々は間違いなく本物だった。
もしこのゲームが曖昧さを排された厳密なものであったならば、それらの感情は決まりきった達成感に置き換わっていたかもしれない。

ネタバレ項目: 誰が咎めるわけでもないのに

初めて解くAnchorsの扉が開いた瞬間。遺留品から初めてアーカイブを開いた瞬間。これらはルールの了解だ。なるほどそうやって解くのか、そうやって使うのかという確認の作業だった。
ならば、Corrupted Logを開いてしまった瞬間の、あの背筋を伝う感覚は何だったのか?書いている内容はさっぱりわからない。大事なことが書かれているかどうかすらわからない。にもかかわらず抱かずにはいられなかった、達成感とは全く違う奇妙で不穏な感覚。
触れてはいけない秘奥をうっかり覗いてしまっているかのような背徳感に覚えたのは、曖昧さゆえに強くなる独特の感情だ。全てが詳らかで全てが明瞭であったならば、きっと意図した結果の然るべき報酬として片付けられてしまっていただろう。

そして、これこそがゲームの主題であったように思う。つまり、Alabaster号の顛末をめぐる謎の解明という神秘性に触れる体験である。
Juniperの語り、そしてAlabaster号に残された数多くのメッセージには、質の悪い翻訳だからとまとめて無視するにはもったいないほどの謎が詰め込まれている。メッセージ同士が浮かび上がらせる矛盾、舞台装置・Anchorsの役割など、伝った冷や汗の数だけ見える世界は歪みながらも鮮明になっていく。繋がりが曖昧だからこそ、鋭く浮かび上がる世界は寡黙ながらに明瞭だ。

Alabaster号の謎は全てが綺麗に解決できるわけではなく、曖昧さは曖昧さのまま捨て置かれてしまうが、私はその判断を支持したい。曖昧だからこそ謎はより魅力的に映り、数少ない真実は重い。
深みへと沈んでいく過程で幾度となく覚えた本能的な警告と、それでも惹きつけてやまない好奇心の板挟みが生む恍惚、これこそがこのゲームの揺るぎなき魅力だった。

ネタバレ項目: Alabaster号とそのミッションに関する考察

無口な主人公を呼びかねてPlutoと名付け、コックピットで救いを待ち続けるAlabaster号パイロット・Juniper。コンソールに残るアーカイブ上のJuniperと同様に彼女はおしゃべりで、おそらく主人公の拾った通信機越しに彼と同じ景色を見ていたのだろうか、彼女の口から語られる思い出話の数々は克明で印象的だ。
だが、オープニングで主人公の乗ってきた宇宙船がAlabaster号からクルーを検出できなかった通り、コックピットに閉じ込められたJuniperに関する話題がアーカイブに残っていなかった通り、そしてようやく辿り着いたコックピットがもぬけの殻だった通り、主人公とやりとりしていた女性の声の主はJuniperになりすました別の何者かである。
現にアーカイブ上の記録の数々は、偽Juniperが語った証言を否定する一連の事実を静かに物語っている。彼らの残した情報からマヌケが読み解いたAlabaster号の顛末を以下に書き起こす。

かつてAlabaster号にいたのは、Swanを船外指揮官として働く6人のクルー達だった。パイロットのJuniper、健康管理員のVermillion、植物学者のPistachio、主任研究員のCanary、技能士のAubergine、技術者のMarmaladeである。
チームのミッションは “Arnold-475M” と名付けられた惑星の研究だ。機械化による肉体の増強と宇宙開拓の進んだ1983年、Alabaster号を保有するThe Filament Corporation (以下、TFCと略記) はさらなる新天地を求めていた。Arnold-475Mを調査し、植民が可能かどうか評価するのが彼らの目的である。

初期調査の結果、Arnold-475Mは人類の居住適性が見込まれたため、惑星の研究を進めるべくチームはAlabaster号から探査機を投下した。Arnold-475Mの軌道上に到着して42日後の出来事である。
だが、探査機の投下は失敗してしまった。しかもそれからというもの、Arnold-475Mは急に大量の放射線を放つようになった。
その現象に戸惑うクルー達だが、さらにわけのわからないことに、Marmaladeの身に起きた奇妙な出来事から、惑星と思われていたArnold-475Mが超巨大なホログラムであることが判明する。受け入れがたいその事実がチームで共有されたのはArnold-475Mの正体が突き止められたその翌日、49日目である。
人智を超えた超常現象を前に、クルー達は危機感を覚え一刻も早い帰還を要請するが、しかしながらSwanはこれを却下。チームの目的をArnold-475Mの観察に変更し、その軌道上に留まることを命令する。安全を度外視したその決定にクルー達は不満を噴出させるが、命令とあっては逆らえない。51日目、せめて離れた距離から観察させてはもらえないだろうかと打診するも、Swanの言葉が揺らぐことはなかった。

放射線量の高さにいよいよAlabaster号のシステムにまで影響が及び始めたその翌日、55日目、放射線量が突如として急低下したかと思えば、まるで連動するかのように、クルーの一人、Pistachioが失踪するという事件が起こった。
船内のどこにも彼女の姿はなく、船外に出た形跡もない。ただ一つ、機械化していた腕のパーツだけが彼女の部屋に残っていた。それはまるで、彼女がパッと消滅してしまったかのようだった。
とうとう実害が出てしまったにもかかわらず、それでもSwanの命令が変わることはなかった。業を煮やしたクルー達が一方的にミッションの終了を宣言するも、Swanは命令に背いた人間に対するTFCの処遇を盾に脅すだけ。

57日目、Swanにはもう従わないことで一致団結したクルー達はAlabaster号の針路を変えるべく動き出す。だがその翌日、Alabaster号のシステムが突如として軒並み操作不能に陥ったことで計画は失敗に終わる。
考えられる理由はただ一つ、クルー達の行動を反乱とみなし緊急事態を宣言することで、SwanがAlabaster号のアクセス権限を奪った可能性だった。
何としてでも故郷に帰ることを望んだクルー達は諦めなかった。59日目、遠隔アクセスのメカニズムから着想を得て、船内配線に電気信号のゲートを設けることで物理的な暗号化を施すことで、Swanのアクセスを実質的に無効化する方法を考案する。
Anchorsと名付けられた一連の装置が完成し、Swanの監視の目を逃れた彼らは、62日目、脱出ポッドでAlabaster号から離脱しての帰還を試みる。しかしながら、この計画も失敗に終わってしまった。しかもそればかりでなく、目に見える形でVermillionが犠牲となってしまった。
冷凍睡眠室に彼の亡骸を弔い、残されたクルー達はなおも諦めなかった。Anchorsは確かに機能していて、現にSwanは脱出ポッドの格納庫へのアクセスに失敗していた。Swanは直接脱出ポッドの機能にアクセスして止めたのだ。Anchorsが想定通り機能するなら、こそこそせずともAlabaster号の制御を取り戻せるかもしれない。
時間がない、急がなければ。

最悪の事態を想定したCanaryによって船内通信が禁止されたため、63日目を最後にクルー達の詳細な記録は途絶えている。以降に日付と共に確認できる記録は、65日目にAubergineが個人的に残した They're gone. And I can't do anything about it. というメモ、67日目のAubergineとMarmaladeの忘れ物に関する簡単なやりとり、70日目の心神喪失のJuniperがPistachioの端末に送信した空のメッセージ、75日目にAlabaster Alert SystemがJuniperの端末にのみ自動で送信した放射線量に関する警告だけだ。
12週目以降の記録が一切残っていないこととエンディングの光景を鑑みるに、残りのクルー4名は遅くとも77日までにPistachioと同じ原因で失踪している。Juniperの失踪地点が不明だが、残りの3名は全員ブリッジで消えたと思われる。ブリッジの奥の壁際に、宇宙服や機械化パーツといったまとまった落とし物が3人分存在している。

ここまでがアーカイブの記録から浮かび上がる事実であり、以降は本編へと続いていく。天の声を信じるなら、本編はAlabaster号が無人となってから数週間後の話である。

主人公を欺き続けた偽Juniper、天の声の正体。私が思うに、これはSwanでほぼ間違いない。
Anchorsの設計上、システムの暗号化を解除するには直接Alabaster号に乗り込む必要があり、彼女には手出しができなかったが、突如として現れた侵入者、主人公の存在はまさに渡りに船だった。彼の奉仕の結果、Alabaster号の制御を取り戻そうとしたかつてのクルー達の努力の跡は水泡に帰し、無事再びアクセス権限を得たSwanは、ミッション失敗の後始末として主人公ごとAlabaster号を爆破するのだ。

客観的事実から見ればSwanは冷酷無比な人間だが、同時に天の声に混じる感情から垣間見える彼女は人間味を隠しきれない隙のある人間でもある。
彼女が演じるのは「クルー達に置いてけぼりにされた哀れな無能パイロット」であり、Alabaster号に関する証言もそれに準じたストーリーへと脚色している。彼女が語るPistachio失踪後の出来事については特に捏造甚だしい。
だが、彼女は脱出ポッドの格納庫を見ると絶句して、以降Juniperを演じることをやめている。ブリッジでの語り口にかつての自信に満ちた勢いはなく、一転して告解するかのように卑下し出すようになる。
とうとうコックピットにまで来てしまった主人公を前に、八つ当たりのように取り乱しながらもTFCへの恐怖を漏らした彼女は、クルー達が残した怨嗟の声にあるような残酷な怪物ではなく、ただの見栄っ張りな臆病者だった。

格納庫での天の声の反応とその後の態度の変化から思うに、もしかすると彼女はAnchors開発後、つまりSwanのアクセスが通らなくなり始めた59日後以降のAlabaster号についてほとんど把握できていなかったのではないだろうか?
Canaryは離脱を阻止されたタイミングに関して her uncanny timing と表現しているが、もしもSwanが全てを理解していた上で実行してその結果を確認できていたならば、直後のJuniperとのやり取りで、Swanは自身の行いについてより正確に言及できたはずだ。
天の声が捏造したPistachio失踪後のストーリーでは、Alabaster号の最初の離脱は惑星の重力の増加によって失敗したことになっていて、クルー達が軽量な脱出ポッドならば逃れられるのではないかと逸ったところをSwanに止めるよう諭されたことになっている。だがコックピットに一人取り残された哀れなパイロットは、他のクルー達はその諫言を無視してでも機があれば脱出ポッドでの離脱を試みるはずだと思っていて、ある日を境に静かになった船内を振り返るに、きっとそうして皆いなくなったのだと信じていた。
もしかすると彼女は優れた役者で、全ては本当に彼女の掌の上の出来事だったのかもしれない。だが彼女が演じたJuniperは、5匹に増えた猫に不快感を示し、Swanのことを頼りがいのあるリーダーと評し、Pistachioの折り鶴を origami swans と呼ぶ、そんなJuniperだった。
格納庫の光景は他の部屋とは比較にならないほど凄惨なものだ。無残に壊れた脱出ポッドと広範囲にわたる黒い煤、そしてその中にくっきりと残る人型の痕を見れば、そこで何が起こったかは否応なしに察せられる。それを目撃した天の声の動揺は、Alabaster号とそのクルー達の顛末に関する彼女の理解について雄弁だと言えるのではないだろうか?
天の声がJuniperとして語るとあるエピソード、Anchorsの配線後にスイッチを入れた瞬間コンソールが燃え上がりショートしたという話は、脱出ポッドに直にアクセスした時の記憶なのではないだろうか……Vermillionをその手で殺したという自覚がないのは、扉越しに聞こえた彼の声で正気に戻ったのだという証言の通り、彼の声を聞いたのだから死んだはずがないと思っていたからなのではないだろうか……。

ティーザーにおける天の声の語り。全てが終わった後に聞くと感慨深い。

ただ、天の声をSwanと仮定しても、色々と腑に落ちない点は残る。
船外指揮官たるSwanはAlabaster号に乗り込んだことはないはずなのだが、彼女はAlabaster号にまつわるエピソードについてまるでそこにいたかのように詳しく語っている。
船内の至る所に監視カメラがあるため、それらが捉えた映像から話を組み上げたのだろうが、カメラは船内の全域を網羅しているわけではなく、また彼女は温度や湿度、匂いといった映像だけでは掴むことのできない感覚まで鮮明に語っている。Corrupted Logを見るに、REDとの思い出やダンスホールが通らなかった文句など、天の声の思い出語りは乗船以前の話にまで遡る。
中には齟齬のある表現もあり、全てがJuniperを正確に騙った結果ではないのだろうが、それでもここまで熱心になりきろうとしたのはなぜなのだろうか。アーカイブを確認されれば天の声がJuniper本人ではないと気づかれるのは時間の問題だったと思うのだが、天の声はJuniperになりきるのにかなりの努力をしている。その不自然なまでの肌感覚の詳しさと、そこまでさせた動機がマヌケには理解できなかった。

それに、より大きな謎はまだまだ残されている。中でも一番はArnold-475Mの正体だろう。
惑星サイズのホログラムなどという荒唐無稽な存在を一体誰が何のために用意したのか、そしてそんなものを裏で支えるテクノロジーは一体どうなっているのかなどまるで謎である。
Pistachioの身に起きたこと、そしてエンディングで主人公の身に起きたこととそこに広がっていた光景を見るに、ホログラムといえどただの光の像ではなく、有機生命体を引き込み保存及び彼らの生命活動を支えるだけの土壌はあるように見えるが、やはり意図とメカニズムはさっぱりわからない。Vermillionの写真と一致する穏やかな海辺の光景はただただ不気味で仕方がない。そもそも6人が見ている光景は同じなのだろうか?猫と魚はどこに行ってしまったのだろう。なぜ彼らはいなくなった動物たちのことを気にかけなかったのだろう。
未知の生命体の保有する装置か、あるいはこの星そのものが生命体かのどちらかか。個人的には後者の可能性を高く見ている。TFC保有の新技術という可能性もあるだろうが、Alabaster号とチームに対するTFCの動きは、猫の件にしろ目的の変更にしろ軌道の逸脱への説明にしろ、一貫した実験として見るにはどうにも無計画な点が多々あるし、それになにより、いくら巨大企業といえど惑星一つ丸々映し出すには資金力も技術力も足りているとは思えない。今回の一件で興味を持ったのは間違いないだろうが。

もう一つ気になったこととして、Corrupted Logの手がかりを残したのは一体誰なのかという謎も残っている。
Anchorsが意味を持っていたこと、ラスト三つのCorrupted Logから、これらがストーリーに無関係のただのゲームには到底思えない。もし黒幕がArnold-475Mだとするならば、天の声の正体すらも疑わしくなる。
ただ、これに関しては確定できそうな情報が何もないので、あまり深く考えないことにしたい。誰の意図にしろ、掌の上で踊らされていたのは間違いなく、さらに無様に踊り続けるのはマヌケといえども流石に気に食わない。
1Fの左上の部屋、いつか入れると思ってたんだけど結局入れずじまいだったな……。

エンディングのBGMタイトルは “The Filament Corporation”。
タイトル画面に表示されるコピーライトは “(c) The Filament Corporation 1983”。
コンソールに表示されるコピーライトは “(C)Filament Corporation 1983”。
とあるCorrupted Logの手がかりの隠し場所も併せて考えることで、Arnold-475Mの正体はゲームに包含されたエミュレーターであるという見方もできるかもしれない。
作中の企業TFC (電球マーク) と、エミュレーターを開発したメタ存在としてのTFC (手がかりの印) という二つのTFCが存在しているとの考え方である。

ストーリーや舞台設定はおそらく『ソラリス』や『2001年宇宙の旅』、『1984』、『インターステラー』あたりを参考にしているだろうか。
最初はメッセージを無視して進めていたことから天の声が何を言っているかもわけがわからなかったし、エンディングの意味もさっぱりわからなかったし、アーカイブ上の文章の多さに圧倒されて心が擦り減りそうだったし、情報の精査をするまでは個別の文章は訳してすらさっぱりで、翻訳作業を馬鹿馬鹿しく感じたりもした。
だがひとたび疑問点が露わになれば、その意味を理解してひやりとしたり、矛盾に気づいて芋蔓式に事実が見えてぞくりとしたり、整理すればするほど見えてくる世界に何度も感動させられた。Sableの首輪を猫の首輪だと気づかずに馬鹿みたいにLeet読みしていた頃が懐かしい。
言葉選びや表現の違いからクルー達の個性や感情が見え隠れして、彼らがどんな気持ちでミッションに従事していたかは言葉だけでもありありと目に浮かんだ。
全文訳すのは大変な作業だったが、やって本当によかったと思っている。

一部始終曖昧さが足を引っ張っていたためいいパズルとは言えないが、その曖昧さゆえに間違いなく記憶に残ったいいゲームだった。
全実績解除のクリアに至るには外部ヒントに頼ることとなったが私はそのことを後悔していない。謎解きで長期間詰まった苦い記憶にゲームの体験が完全に上書きされてしまうのだけは避けたかった。もし自力での解決に拘泥していたならばその謎へのより強い怨念と自力で解けたことへの優越感がその他の多くで覚えた感動を押し流してしまっていただろう。
自力での翻訳に難解な謎解きとマヌケの苦手なものに否が応でも向き合わざるを得ず、長期間崩せずにいたのも改めて納得ではあるのだが、今回最後までプレイを続けられたのはその大きな魅力のおかげである。
紆余曲折あったが、このゲームをプレイして本当によかった。心からそう思う。