永劫色褪せぬ幻想の世界 “Myst”
真に魅力的な世界は環境や流行り廃りを問わず恒星のごとく輝き続けるもの。
オリジナルのトレーラーが見つからなかったため、代わりに魅力を伝えられそうな公式の動画として “Myst 25th Anniversary Collection” を発表した動画の一部に差し替えた。
トレーラー代わりになりそうな部分を取り出すべくあらかじめ途中で止まるように設定しているが、本来はシリーズ作品をセットにしたパッケージのトレーラーである。1:23以降はMyst以外の作品にも触れているので再生の際は注意されたい。
このゲームは本の中の世界を冒険するポイント&クリックの謎解きアドベンチャーである。ゲームタイトルは物語の舞台にして生きた世界を収める本のタイトルでもあり、そこには大海に浮かぶ謎に満ちた孤島「ミスト島」が収録されている。
初リリースが1993年と30年も前の作品で、今日に至るまでに様々な移植作やリメイク作品が発売されているが、マヌケがプレイしたのはSUNSOFTが発売しているiOS日本語版である。iOSのシステムを利用したヒントガイドや任意のセーブ機能があり遊びやすくなっているが、内部のゲーム自体はオリジナルと同等であり、音割れしたような音声、解像度の荒さなども含めて当時の趣をそのままに残している。
ちなみにSUNSOFTは1994年にMystの日本初上陸にあたってセガサターン移植版の開発に携わっているが、権利の関係かそれをそのまま移植というわけにはいかないらしく、かつて存在した日本語吹き替え音声はなくなり訳文の細部や本の縦書き/横書きが変わっていたりなどローカライズの内容に差異があるようだが、プレイ体験に差し支えはないだろう。
不朽の名作として名高いだけあって、マヌケはMystについて全くの無知というわけではなく、ガイドなき謎解きが待ち受ける高難易度の謎解きゲームであるというざっくりとした評判と、プレイ済みのパズルゲームのいくつかで影響を受けた作品として挙げられていた事実を知った上でのプレイだった。
ルーツを辿るという形で多少なりとも好奇心をもってプレイし始めたつもりだったが、しかしながらやはり謎解きゲームを苦手としているマヌケ、ゲーム開始直後に一人ポツンと取り残され一切の説明がない殺伐とした状況に困惑してしまって、評判は伊達ではなかったのだと怖気づいて胸に抱いたはずの覚悟はどこへやら、古めかしい移動システムによる探索の面倒くささもあってか波止場の周辺を数分うろついただけでプレイをやめてしまい、その後1年半近くの間積んでしまっていた。
とはいえ、崩し始めたら自分でも驚くほどあっという間だった。簡単にクリアできたというわけではなく、むしろその逆で迷子になったり謎解きに行き詰まったりなど様々な紆余曲折を経て苦労の果てに踏破したのだが、それでも解き進める手が止まらなかったからだ。
謎解きゲームを苦手とするマヌケがなぜ再度歩みを止めることがなかったのか、それはこのミストの世界が隅々まで冒険したくなるような魅力に満ち溢れていたことに気づけたからに他ならない。
30年前のゲームといえど古臭さなど微塵も感じられず、荒い解像度越しでもその美しさは色褪せることなく伝わってくる。科学と魔法が融合したかのような本の世界はただ幻想的なだけではなく、どこか実在していそうな不思議なリアリティを併せ持っている。
これはそれぞれの世界が一冊の本として歴史という名の時間の流れを持った場所として描き込まれているからだろう。ただの背景として設定を羅列するのではなく、生きた存在がそこにいたことを示せるよう繋がりを持って描かれているのだ。
ミスト島から連なる世界の数々が等しく誘導に乏しいのは間違いなく、ヒントの散らばり方と繋がりの薄さは一見すると雑然としているように見え、ただでさえ嫌気がさしやすい謎解きをより億劫にさせているのも納得ではあるのだが、全てを理解した上で改めてこの世界を眺めてみると、不親切ですらも考え抜かれたデザインの一つだったことに気づく。
謎解きのヒントとリアリティを持たせる飾りとの両立によって、独立した一つの世界としての説得力を増している。
ネタバレ項目: 計算された不親切
このゲームの謎解きの一番の難しさとは正解が正解とわかるように提示されないことにある。昨今の謎解きゲームであれば正解の行動を取ると同時にどこが開放されたのかも併せてわかるように提示されるのが一般的だが、このゲームではそういったわかりやすいサインが存在しない。
これは誘導が中途半端に終わってしまうと不親切でわかりにくいという印象を確実に残してしまうだろうし実際マヌケにも残りはしたのだが、確信を持てるよう正しく誘導できれば自分が確かに行動した結果であるという臨場感の伴った達成感を残す。
まず臨場感についてだが、例えばこのゲームではエレベーターの動作一つ取っても、ドアを開く、エレベーターの中に入る、ドアを閉じる、エレベーターを起動するボタンを押す、と全てセルフサービスである。エレベーター前のボタンを一回クリックするだけで階上までスキップする一般的なゲームの常識に慣れきってしまうと、このエレベーターは壊れているのか?などとあらぬ遠回りをしてしまうかもしれないが、現実の世界がそうであるように、本来エレベーターとは高度な機械であり、ただ歩いて移動するのとは違って順序立てた手間がかかるものである。
一つ一つの動作が現実的で、その身で探索しているかのような生々しさ、ミストの世界への強い没入感を生んでいる。何度も迷子になったし何度も不安になって帰りたいと思ったが、これらの感情は確かに没頭できていたからこそ生まれたものだ。
そして達成感についてだが、一つ一つの動作に筋道の通った丁寧すぎる手順を設けた結果、このゲームではよくわからないまま解けてしまうという事故が起こりにくいようになっている。このゲームの謎解きは情報が揃いさえすれば点つなぎにはなってしまうが、そこに至るまでに必要な情報の整理が必要になる。
まず点がどのように使えるのかという情報、どうすれば他の点と連動するかという情報、どの点と連動するのかという情報を全て揃えなければならないが、これらを不親切によって確認しづらくさせることで総当たりを防いでいる。
さらにこのゲームの素晴らしいところは、この不親切を別のデザインに置き換える形でヒントとしていることだ。例えばチャネルウッド時代の配管のスイッチはオンオフの状態が視覚的にわかりにくいのだが、水の流れる音を聞けばどちらの状態か簡単に理解できる。このゲームの不親切が意図的に設計されたものであることを理解した印象的なギミックだ。
情報の単純な点つなぎで終わりやすいポイント&クリックではあるが、このように変化への観察と関係の推察が必要なことから、このゲームは間違いなくパズルであると言える。
非常に考え抜かれた不親切だというのはわかるのだが、しかしながら同時に不要な不親切があったのも確かである。
移動方式の制限の中なるべく世界を多く見せようとした結果だろうが、移動可能な場所を細かく刻みすぎても似たような景色が多いと方角がわからなくなって簡単に迷ってしまうし、情報もなにもない場所を見上げられたり、フレーバー要素に仕掛けを混ぜられたりすると、それだけで何かがあるのではないかと身構えてしまうし解けぬ謎として数え上げてしまう。
また、このゲームでもマヌケが忌むべき探索漏れが出てしまっていたが、iOS版はカーソルが表示されない分どこを調べられるかが不明瞭なのでこれは本来ならなかったはずの不親切だろう。ヒントガイドが付属していたのはそれを見越してだろうか。
マヌケは一応ノーヒントで解いたものの、クリア後にガイドを読むと手がかりの意図が自分が推理したものとは全く違うということがいくつかあった。それでもうまくいってしまうのはよかったことなのだろうか?
ネタバレ項目: マヌケが迷子になった場所
ヒントガイドで初めて名前を知ったが、セレーネ時代に関してはマヌケは推理を放棄し一部始終ゴリ押しで突破している。地上はΣのボタンが付いた装置の意味がさっぱりわからずスイッチの数と扉のツマミの数の一致から音で選択肢を絞り込み総当たりして、地下は馬鹿正直にマッピングして解いた。
言い訳すると、Σの装置は数学記号としての意味と表示される数値から使い方を誤解してしまっていて、繋がりが見出せずいっそ装置ごと無視したほうが早いのではないかと見切った経緯があり、地下は謎の装置に閉じ込められた状態という圧迫感と暗いトンネルの中の先行き見えぬ不安から、確実性を求めてマッピングに縋ってしまった。
特に地下に関しては、メカニック時代を先に訪問していたし音を出す赤いボタンが用意されていたのだから法則に気づいて然るべきなのだが、そうならなかったのはこの世界が持つリアリティによるものだろう。
このゲームの影響を受けつつ謎解きゲームとしての達成感を増すべくトリックと導線の設計に考察を重ねた作品に触れられる時代に生きているだけに、謎解きの面白さを実感するには手応えに欠けているように思ってしまうのは否めない。このゲームに謎が解けていく気持ちよさがあるのは確かだが、そこに至るまでの気づきが独特で慣れるのに苦労するのもまた確かであり、不親切さによる遠回りがあるだけで直線で結ぶとこのゲームの謎解きは割とあっさりしている。
だが多大な没入感をもたらす設計は確かなもので、構成に支えられた世界の美しさは昔も今も、そしておそらくこの先も変わることはないだろう。後世に多大な影響を残した謎解きゲームというのも納得である。
ちなみに、この “Myst” というゲームの中で語られる物語はほんの始まりに過ぎず、一連の物語はシリーズ作品として続いていく。
旅するには楽しかったが抜け出すにはつらい世界だったし、やはり私は謎解きゲームを好きになれそうにもないので気は乗らないのだが、続きが気になる思いがあるのも確かである。どうしたものか……。