神の庭園にて “The Talos Principle”
なぜマヌケはパズルの奴隷なのか?なぜ奴隷に甘んじるのか?なぜ問答を続けるのか?なぜ無意味なことを続けるのか?
なぜ?なぜ?なぜ?なぜ?
目が覚めるとそこは荘厳な神の庭だった。
庭の主、創造主エロヒムは語りかけてくる。全ての試練を乗り越えれば、そなたは永遠の命を得ることができるであろうと。ただし、天高く聳える巨塔を上ってはならぬとも。
エロヒムの世界は禁忌の塔を中心として、パズルの箱庭を収めた神殿が取り囲んでいる。だがそこにあるのはパズルだけではなく、雑多な情報がアーカイブされたPCの端末やボイスメモ、かつて同じ庭を彷徨ったと思われる何者かのメッセージなども散在していた。
この作品は、試練という名のパズルと、哲学的な謎に満ちた世界を舞台に繰り広げられる3Dパズルアクションである。
パズルは一つの箱庭の中に数問用意されていて、それらはシームレスな空間を部屋ごとに区切る形で存在している。それぞれの問題にはテトロミノの形をした印章なるブロックが一つずつ置かれていて、印章は問題のゴールであると同時に他の箱庭を解放するための鍵も兼ねている。
印章はジャンプでは到底届かないような高台や、ギミックによって閉ざされた扉の先などに置かれていて、そこへ至る道のりは3Dパズルアクションにふさわしいねじれによって閉ざされている。
このパズルはギミックをどう作動させるかがレベルデザインの枠組となっている。
空間そのものはわかりやすい仕切りと段差によるオーソドックスな設計になっているが、同じギミックでも右と左のどちらから作動させるか、ギミック解除のためのアイテムを壁の内と外のどちら側から使うかなど、位置関係が一つ変わるだけでその後到達できる場所は全く異なってくる。
一つのギミックの動かし方が変われば、当然別のギミックにも影響が及ぶ。あるギミックの作動により意図しない別のギミックが起動して障害になったり、作動の順序をずらしたがゆえにアイテムが不足してしまったりなど、たかが一つのギミックであろうともその前後にある因果関係をも考慮する必要がある。
狭い部屋でも、あと1枚の壁が破れずに苦悩することは少なくない。
とはいえ、実はどの問題も解決すべき事柄はギミックの作動順一つに収束する。ギミックの対応や作動のさせ方に選択肢が多そうに見えるが、その並び替え作業も一つが決まれば残りも勝手に決まってしまうので、段階的な思考よりは冴えた一つの妙手を求められることのほうが多い。
つまり、思考をドツボに嵌める落とし穴は広いが、幾重にも張り巡らされているわけではないということだ。
また、全ての問題が別個のテーマを持ったパズルとして練られているわけではなく、似たようなコンセプトで水増ししただけのような問題が目立つ。さらに、3D空間上のねじれを解決する隙間を見つけさせる探し物に近い問題や、敵を避けるだけといった苛立たしいアクションに偏ったパズル要素のない問題も少なくない。
ねじり方のうまい唸るような良問もいくつか存在するが、平均すると佳作に落ち着く。
だが、このパズルはそれだけではない。
この世界では個別のパズルで手に入るテトロミノ型の印章とは別に、星の形の印章が隠されている。それぞれの箱庭に何個存在するのかは明記されるが、その場所および到達方法に関しては一切のヒントが存在しない。
部屋の出入り口はアイテムの持ち出しを制限する壁で区切られているが、逆にそれ以外は自由に移動可能である。一応塀は普通のジャンプでは届かないような高さに設定されているが、箱が多い問題などはアイテムを持ち出すことができるようになる。
星の印章はいわば箱庭そのものを盤面としたパズルなのである。隠された星々を得るには何が必要で、どこから持ち出すべきか?それらは導線のないノーヒントのパズルであり、箱庭全体を使うだけあって3Dパズルアクションらしさがより強まったものとなっていて、どれも歯応えがある。
ただし、ほとんどの星の印章はまず最初にそれらがどこにあるのかを確認する探索の作業が必要となるのが面倒だった。
中にはパズルですらないただのかくれんぼに近い隠され方をした星もある。実際マヌケは3つの星の位置 (A-1、B-2、塔内部) に関して探索場所を狭めるための外部ヒントを得ているが、それらはパズルではなくただのかくれんぼでしかなかった。
他は全てノーヒントで回収できたが、3D酔いしやすいこのゲームで綿密な探索は酷なものだった。
歯応えと達成感は確かなものだが、手放しに称賛できる内容でもないのもまた確かである。
お仕着せのパズルにしろ、フィールド全体を使ったパズルにしろ、パズルの奴隷として色々と悩ましいレベルデザインではあったが、それらもひっくるめてこの作品はマヌケの奴隷人生において心に残る一作となった。それは物語の導線がなぜパズルに執心するのかを絶えず問い続けてくるような作りになっていたからだ。
ネタバレ項目: 楽園の蛇
Tell me something, do you always do as you're told?
この作品を思い出深き一作へと変えたのは「蛇」のおかげに他ならない。
物語が進むにつれ、世界の各地に設置された端末はまるで自由意思を持つかのごとく語りかけてくるようになる。
なぜ印章集めに躍起になるの?人間であるか否かに意味があるの?感情って何?道徳って何?仮に外の世界があるとして、一体何をするの?こんなことして何になる?
ゲームの操り人形としての主人公に問うにはあまりに酷な内容だが、エロヒムの世界を生きる上では避けて通れない問いかけでもある。
過去の選択肢を全て覚えているからだろう、反応が見たいがゆえに意図的に選ぶ、あるいは選択肢がないがゆえに仕方なく自分の意思ではない選択肢を選ぶという浅知恵を見抜く鋭さには度肝を抜かれたものだ。
だが、彼とのやりとりは選択肢制の限界もあってか極論に極論を投げ合うめちゃくちゃなものだし、そもそも彼の目的は絶対の論破にあるので正当な議論が成立することはない。
君の考えは支離滅裂だと呆れられたが当然だ。プレイヤーに対する問いかけなのかエロヒムの子たる主人公への問いかけなのかでそもそも違う。同一視するにしても、社会通念上の理想と個人が勝手に生きる上での理想も違う。そして同じ私でも、ただゲームをするだけの私なのかパズルの奴隷としての私なのかでも全く違うというのに、それが高々数個の選択肢で正確に記載できるはずもない。
でも、楽しかったのは間違いない。命題に連なる学術的記述と哲学的記述を混ぜて語る粗雑なやり口に呆れようとも、勝ちを譲る気がないとさえのたまう乱暴な口論に嫌気が差したとしてもだ。
私はパズルの奴隷を自称しながら、いつの間にかパズルを目的とせず、エロヒムの言葉を受け流して、きっと待っているであろう彼と話したくてパズルを解いていた。
どうしてだろうと思ったけど、最終的に語られる彼の目的を知って納得した。なぜならそれはパズルの奴隷が絶対に無視できないことだったからだ。だからあんなめちゃくちゃなコミュニケーションでも放っておけなかったのかもしれない。
そんな彼のことはきっと忘れたくても忘れられないだろう。だって彼はそういう奴で、私もそういう奴だから。
ただ、もうちょっとまともなところに翻訳してほしかった……。作中の文章が無駄に洒落てるのもあってそもそも翻訳の難易度が高いのは確かで、それを考慮するとだいぶ健闘しているのは間違いないんだけど、それでも無視できない不備は少なくない。
彼との対話が支離滅裂になる原因の一つに、選択肢の文章を前後の会話の流れを無視して訳してしまっているからというのは間違いなく存在するだろう。ダミーのキーワード “FAITH” を「誓う」と訳していたり、否定疑問文のはい・いいえを間違えるってのは流石に見過ごせなかった。
願わくばいつか完璧なローカライズがなされた彼と話してみたい。
印章によるロックが存在するので、実はこのゲームは見た目の広さに反して自由は制限されていて、半ば一本道であるとすら言える。
それでも謎の散りばめ方や問いかけといった誘導により、パズルを解く好奇心とは別の、自分の意思が宿るかのようなナラティブな経験ができるという非常に熱い作品だった。
この作品は薦めたくなる良問ではなかったが、語りたくなる良作だった。
追記
マヌケがプレイしたiOS版では未収録のDLC “Road To Gehenna” をプレイすべく、Switch版 “The Talos Principle: Deluxe Edition” を購入、クリアしたので、そのことについて追記。
DLCの日本語化がなされていないためだろうか、日本eShopでは販売されていないので、購入には別途海外アカウントと、それに対応した通貨の残高が必要になる。
クレジットにはエロヒムとアレックスの声優含む日本語版翻訳スタッフも表記されているが、日本を販売対象地域に入れてないだけに、本編でも日本語翻訳は使えない。
また、Switchはやはり非力なのか、画質は落ちて文字も潰れて読めないほどで、さらにはステージ切り替えのロードは長い、動きはカクつくなど、iOS版に比べるとパフォーマンスが明らかに劣化している。できれば別のプラットフォームを選択するのが望ましいだろう。
さて肝心の “Road To Gehenna” についてだが、個別のパズルおよび星の印章、ボーナス問題に至るまで全てが良問揃いという、3Dパズルアクションとして大変達成感のある素晴らしい内容だった。
ここには本編で苦言を呈したようなアクションの悪問は存在しない。さらには星の印章も全てが過度に隠されることなくその位置を顕にしている。
レベルデザインの枠組がギミックをどう作動させるかであることは本編と同じだが、ねじり方はさらにうまくなっていて、時間と動作という3Dパズルアクションならではの要素がより強固となってしっかりパズルのピースとして組み込まれている。
特にコネクタを利用するパズルの完成度はどれも見事なもので、割り込みや遮りなどといった仕様を利用した解法であったり、位置関係を二重に考えさせる場面や、本編以上に差が激しくなった高低差の利用など難化要素に事欠かない。
星の印章も一切がかくれんぼを捨て去りパズルとなり、それらは問題の延長戦だったり外への持ち出しだったりと、パズルとしてさらに進化している。
この地獄への道では本編と違い、何をすればいいかもわからず途方に暮れることすらもあった。
欠点は星の印章の回収ついでに楽ができてしまう問題があること、またそれぞれの箱庭が広めなため、行ったり来たりが長くなり少々試行が面倒になりやすいことぐらいだろうか。純粋なパズルとしての欠点はほとんど存在しない。
パズルに直接の関係はないが、ストーリーもまた本編をクリアしたからこその面白みがあった。
ゲヘナでは主人公が誰なのかが明確になっているため、その使命は終始変わることはない。ただし、世界にエロヒムと蛇と主人公らのほぼ三人ぼっちだった本編とは違い、ゲヘナには追放されたエロヒムの子らが同時に存在している。
ゲヘナには同名の掲示板システムが用意されていて、端末内のスレッドはリアルタイムの活気に満ちている。ある者は詩を書き、ある者はゲームブックを作り、またある者はそれらを批評する。
この作品の英語は洒落た言い回しが多く難しいので完全な理解には至れていないと思うが、脱出不可能な牢獄の中、想像力によって精神の自由を得た彼らとのコミュニケーションは楽しいものだった。
ネタバレ項目: 終末
In Gehenna you will be the shepherd of your own destiny.
プレイヤー目線では世界の崩壊後に何が起こるかを知っているのだが、物語の登場人物達にとってはそうではない。
エロヒムの世界を追放されたことで自己を手に入れた彼らにとって、ゲヘナは必ずしも地獄ではなく、中には天国であるとさえ思う者もいる。彼らにとってのUrielとは楽園の破滅を予告する不吉な使者でしかなく、“ascension” とは自己の消滅、すなわち死の認識に近い。
今の自分のままゲヘナと心中したくとも叶わず、自意識すらもシステムの力で昇天台に縛りつけてしまう行為は罪深さすら感じられた。
興味深いのは蛇がゲヘナにもいたと思われる痕跡があることである。彼が過剰なまでに道徳的行動に嫌悪を示すのはゲヘナに失望したからだとすれば納得である。
塵芥からゲヘナの世界を作り上げた管理人、Adminは理想の統治者というわけではなく、人並みの煩悩を持つ一ゲヘナユーザーに過ぎない。ゲヘナの掲示板も現実のそれと全く同じ歪みを抱えていたが、彼が滅私を貫けず権限を行使したこと、そしてその歪みを黙殺していたのは事実である。
最後はAdminとUrielのどちらが残るか、あるいは両方が残るかの三択を迫られるが、マヌケは二人共地獄に残ることを選択した。
熱意を捧げた先は違えど、どちらも自身が信じた楽園の護り手であったことは変わらない。ならば共に終末を見届けるのが彼らの信仰に一番美しく殉じることができるのではないかと思ったのだ。
自分の腕前を不要としながらも、3Dアクションを時間と空間の2要素からパズルのピースとしてきっちり組み込み、それらを周到にねじったこのパズルは間違いなく3Dパズルアクションの金字塔である。
パズルゲームとしての難しさに振り切ったその世界は、パズルにその身を捧げたエロヒムの敬虔なメッセンジャー達にふさわしい。