気まま流浪の客人 “A Monster's Expedition”
友だちの側を通りすがった時は偶然かと思っていた。
だがその認識は何もかもが間違っていた。
木を切り倒し、丸太を転がし、橋を架け、島々を渡っていく、倉庫番ライクなパズル。
パズルの舞台は “Human Englandland” から掘り起こした品々を展示するニンゲン博物館であり、あちこちに専門家の解説付きの展示品が飾られているが、経路はセルフサービスということらしい。シームレスなオープンワールドとして、一つ一つの島は問題として切り離されているが、解き方によって分岐先が変わっていく。
丸太は状態と押し方によって転がり方が異なってくる。横倒しの状態から平行に押すと直立し、垂直に押すと障害物に当たるまで転がり続ける。
見た目通りのわかりやすいパズルだが、これは紛れもない偶奇性である。木を倒した後に残る切り株の上からは平行に倒れた丸太は押せないというルールがうまく利いていて、偶奇性の切り替えは容易にはいかない。ここに丸太を運びたいというビジョンがあっても、地形次第では永遠に叶わないのである。
マヌケはそのあまりの邪魔っぷりにいつか切り株を破壊できる道具が手に入るはずだと本気で願っていたほどだが、当然そんな甘い話はない。
一筋縄ではいかない博物館だが、同時に博物館らしい順路を水面下に隠しているので、オープンワールドといえども好奇心の赴くまま好き放題に冒険できるわけではない。意図したような分岐の収束に、掌の上で踊らされるような決まり悪さを感じることもあった。
だがそれは丸太を転がすという単純な行為から発展する様々なルールが存在するからであり、それらを全て学べるように張った導線が正しく機能した結果である。目の前に見えているのにどう頑張っても辿り着けない島々は最序盤からちょくちょく現れ、マヌケはそれらに挑みことごとく敗北しているのだが、それらは丸太の動かし方を知らずして辿り着けはしない。諦めて先に進めという無言の圧力に一度は不自由だと嘆きこそすれど、歩かせようとしている道が博物館を歩き回る上で絶対に知るべきこととわかれば、次は何を学ばせようとしているのだろうかと、まるでレベルデザインと対話をしているような気持ちになってくる。
少々強引ではあるが、好奇心が方々に散りやすいオープンワールドで、ガイドの矢印を一切出すことなく学ぶべきことを自然に理解できるよう誘導する手腕には感服である。マヌケはゲームの提示する順路を無視したがるタイプのプレイヤーだが、それでも博物館で迷子になることはなかった。
そして、順路が一つの輪として閉じた時、真の冒険が始まるのである。
あの島にはどの島から行くのか?どの島から丸太を取り寄せるのか?木を見て、地形を見て、目的地を見て、全体で考える。オープンワールドのパズルにふさわしい、凶悪なレベルデザインの数々が目を覚ます。
それらがマヌケを大いに悩ませ、素晴らしいプレイ体験をもたらしてくれたことは言うまでもない。
島々の距離から地形や岩や木といった配置の一つ一つまで、広い世界の隅々まで精緻に設計された素晴らしいレベルデザインだったが、そこまでの洗練に至るまでに多大な苦労があったであろうことは膨大なテスターの数からも窺える。博物館で迷子にならないよう、想定外の逸脱を極限まで潰していったのだろう。学芸員の皆様には頭が上がらない。
この作品は間違いなくパズルゲームのマスターピースの一つと言えるだろう。
ネタバレ項目: 余談
マヌケはレベルデザインとは別に、あるいは不本意だがもしかするとレベルデザイン以上に、このゲームで覚えたとある感動が印象に残っていて、それがこのゲームをマヌケにとっての最高のパズルゲームに位置付ける要因の一つとなっている。
ネタバレになるような何ががあるという言及をしてしまうと逆にそこを目立たせてしまうため、余談ごとネタバレ項目として目隠ししたのだが、念のため以降についてもネタバレ項目として目隠しさせてもらう。狭苦しいだろうがご理解いただきたい。
ネタバレ項目: この感動は一生忘れないだろう
それは初めてイカダで海を渡った時の演出、タイトルコールに激しく感情を揺さぶられたことである。
マヌケがプレイしてきたゲームの中で史上最高のタイトルコールだった。ゲームのタイトルコールでこれを超えるものは後にも先にもパズルゲーム以外にもないだろうと断言できる。
目の前にそびえる風車を前に、さあ解説を見に行こうと勇んで丸太を倒した瞬間の予想外の動きへの驚き、静かに大海原に放り出されてどうしようもなくなってしまった状況への困惑、霧の端に映る島々への押さえられない好奇心、終わらない漂流に世界の広さを感じた不安、そして現れたタイトルに、今までが本当にただの前座でしかなかったという事実に直面した恐怖と、このパズルの見えぬ底の深さへの畏怖。
短時間のうちに絶望感と高揚感が忙しなく入り混じり、マヌケの感情はショートした。ようやくイカダが漂着しても、気持ちを落ち着けるためにしばらく呆然とするしかなかった。
パズルに頭がショートすることは多々あれど、ストーリーも何もないただのギミック一つで感情がショートするとは夢にも思わなかった。
思えば、イカダは橋として使うよりも明らかに海路の移動手段として使うべきもので、その使い方は予見して然るべきだったのだけど、マヌケはマヌケゆえに目先の島々に夢中で全く思い至らなかった。
開発途中の動画をちらほら見てたのでどんなパズルかは知ってたけど、そういえばトレーラーにイカダで島から島へ渡るシーンは出ていなかった。サプライズの提供の仕方が実にうまい。
この感動を最高の形で味わうことができて本当によかった。