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パズルゲーム感想アーカイブ

高圧のケミカルフィールド “Sokobond”

有機化学といえば個人的には芳香族なのだがグリッド制盤面なので出番はない。
ヘックス制盤面だったらどうなっていたんだろう。

化学結合をモチーフとした倉庫番ライクなパズル。最もポピュラーであろう共有結合がパズルのルールとして落とし込まれている。
盤面上の原子は価電子で表される結合の手を持っていて、価電子が余っている原子同士が隣接すると結合して分子となる。
全ての価電子を結合で使い切ることでクリアとなる。

化学結合は本来複雑な現象で制御するには量子力学などといった物理学への理解が必要になるが、このパズルではそういった専門的な面倒臭さは一切オミットされている。このパズルの原子は手が余っていれば無条件で結合するので、時に現実ではあり得ないような奇妙な分子が出来上がることもある。
モチーフが先なのかルールが先なのかはわからないが、いずれにしろ非常に巧い融合である。化学を齧っていなくとも理解可能なルールのわかりやすさ、化学を知っていればより面白く感じられるであろうモチーフの落とし込みの巧さ、複雑な化学反応がパズルとして勝手に出来上がっていく楽しさと、ただユニークなだけではなく面白さもしっかり付随しているのは見事である。

練られているのはパズルゲームとしての面白さだけではない。肝心の中身、レベルデザインも素晴らしく、歯応えのある問題が揃っている。どの問題も盤面が狭く、それに追随してか余白も最小限である。
ギミックは色々と追加されるが、一貫して共通しているのはクリアに近づくほど身動きが取れなくなっていくというルールに忠実なもどかしさだ。
どの原子同士をいつどのように組み合わせるか、どの手でどの原子をどう動かすか、いつどこを何のために通るのか。見かけの選択肢は広いように見えても、そのほとんどは通らない。組み合わせが自明な場合もあるが、そういった問題では逆に通り道の狭さによる選択肢のなさが解けぬ苦しみをもたらす。

しかしながら、レベルデザインの作り込みに反して達成感は薄かった。
このパズルは結合という最も基本的なルールに関して、実はそれほど明瞭というわけではないという欠点がある。1本の手に対して2本以上の手が同時に隣接する場合、結合はどちらを優先するのかは位置関係や原子の種類によって細かく変わってくるのだが、その法則は曖昧である。
この優先順位を前提とした問題もあるのだが、ルールを明確にしようとする意図は感じられず、むしろ制限や利用すべきものとして設定されているかのように感じられた。
このパズルは筋道を立てずに解けるほど甘くはなく、削られた余白と狭まる通り道に思考を締めつけられる難しいパズルではあるのだが、解けても地に足つけて考えてその答えを導き出したという実感がなく、結果的に達成感から程遠いぼんやりした印象を残すこととなってしまった。
一つ一つの手続きの厳密さよりもダイナミックに結合が連鎖していく先の読めなさを面白さとして選んでこうなったのかもしれないが、マヌケには見た目通りに不安定になっただけのようにしか見えなかった。

クレバーなパズルではあったものの、曖昧さによって致命的に輝きを失っていたパズルだった。
モチーフとゲームの融合の完成度が非常に高かっただけに、このような印象が残ってしまったのがより残念でならない。

ちなみにマヌケはiOS版をプレイしたが、できればスマートデバイス以外のプラットフォームを選ぶことをおすすめする。
一部の実績が解除されないバグを抱えているだけでなく、リスタートが下部でアンドゥの隣なので頻繁に誤爆する羽目になる。クリア目前で何度巻き戻されたことか……。

ネタバレ項目: Secret symbols

特定の条件を満たしてのクリアによって解放される謎の記号。これは “Eye Sigil ARG” と呼ばれる、複数の作品にまたがるイースターエッグらしい。作者もジャンルもまるで違う、共通点のない別のゲームで同じ象徴的な記号が現れるという奇妙な謎だ。

マヌケはそういったイースターエッグには興味はないものの、“Sokobond” の挑戦課題として提示されるならば話は別である。
他作品ではそれを見つけるのにノーヒントの探し物やかくれんぼ、隠しコマンドじみた手続きを要求されたりなどやる気にもならないようなものが少なくないが、この作品では特別な条件を達成して問題をクリアした場合、くだんの記号と一緒に特別なクリアが達成可能な問題数とがわかりやすく表示される。

しかしながら、条件を詳しく明示してくれるわけでもなければ達成可能な問題を指し示すヒントがあるわけでもなく、謎解きのできないマヌケは条件を「達成困難な特定の別解の発見」と勘違いしてしまった。
勘違いした条件とはいえ完全に間違いというわけではなかったからか、自力で12個は見つけられたものの、結局最後の1個は正確な条件の理解を外部ヒントに頼ることとなった。条件を知った時は見つからないのも当然だと納得したものの、よくよく考えてみれば明らかだったのに思い至らなかったのがマヌケのマヌケたる所以である。

ちなみに、この挑戦課題を解ききった後に現れる奇妙な模様だが、この模様を組み合わせることで一つの謎が解決するという壮大な謎解きのピースということらしい。
途方のない話だが、この巨大な陰謀に挑んだ者たちが実際にいたというのだから驚きだ。

関連項目

A Monster’s Expedition + Earlier Adventures収録作品

同デベロッパーによる他作品の感想アーカイブ